『ヤブ医者の余命宣告』
うちの店の近所には、ヤブ医者で有名なヤバい病院がある。
病院の名前は、ヤブ内科クリニックという。
この病院、長年の住民たちからはヤブ医者としての評価が定着しているが、建物は駅を降りてすぐの便利な場所にある。
そのため転勤などで新しく引っ越してきた人たちの中には、会社帰りにも立ち寄りやすいといった立地的な利便性から、ヤブ内科クリニックに通う人もそれなりにいるのだ。
私がやっている居酒屋も、駅を降りてすぐの場所に店を構えている。
地元の皆さんが常連になってくれているが、転勤してきた独身男性がそのまま常連になってくれるパターンも多い。
――そしてヤブ内科クリニックに通う人も結構いる。

今夜も余命宣告された人が、客としてカウンター席に座っていた。
「今日、病院へ行ったら、余命三ヶ月と宣告されたんだよね……」
転勤でこの町に引っ越ししてきた人で、大手電機メーカーに勤めているとのこと。
ある日突然余命宣告を受けたのだから、表情はとても暗い。
飲まないとやってられない気分なのだろう。
カウンターの中から、私はその客に声をかける。
「お客さん、大丈夫ですよ。あそこの先生、ヤブ医者で有名ですから」
「えっ……、そうなの???」
「ほら、このあいだ、カウンターで隣同士になった坂本さん、あの人も少し前に余命三ヶ月だと宣告されて随分落ち込んでましたが、――全然平気でしたし、昨夜もお見えでしたよ」
「そうですよね、あの人はいつもフツーに元気ですよね」
「医者からヤバいと診断されたら、それなりの覚悟が必要だとおもいます。でもヤブ医者からヤバいと診断されたら、――それって元気な証拠なんじゃないですか」
その瞬間、客の顔色は一気に明るくなった。そして軽く吹き出した。
「ですよね(笑)」
もう何年も見てきたが、少なくともうちの店の来店客は、余命宣告を受けてもその期間内には誰も亡くなっていない。
仮に余命三ヶ月だと診断されても、三ヶ月どころか半年経ってもみんなピンピンしているのだ。
ヤブ内科クリニックで余命宣告を受け、その足でうちの店に飲みに来るというのは、よくあるパターンだ。
――ヤブ内科クリニックでは、風邪を引いただけで余命宣告を受けるのだ。
みんな最初は余命宣告を受けて落ち込んだ状態で店に来るのだが、一度カラクリを知ってしまうと余命宣告はギャグ以外の何ものでもない。
ヤブ内科クリニックの余命宣告は、常連客の間では完全に笑いのネタになっている。
そしてこのネタは、一度は深刻に悩まないと面白さが半減してしまう。
だから常連客はネタバレにならないよう、むやみにこの余命宣告のことを話題しようとしないのだ。
――なかなか名物なヤブ医者である。
ある意味で、地域住民から最も愛されているのはヤブ内科クリニックかもしれないのだ。
そんなある日、私は体調を崩した。微熱があって鼻水も止まらない。
こんなの風邪だろうから寝ていれば治るとおもったが、多くの来店客が風邪を引いた程度で余命宣告を受けているのだから、話のネタに、自分も一度ヤブ内科クリニックで診察してもらうことにした。
――余命宣告を受けるのは、客と盛り上がるためのネタなのだから。

ヤブ内科クリニックに到着。
受付で問診票の記入をしつつ体温計で熱を測ると、やはり少し熱があった。
期待に胸を膨らませて診察室に入った。
――だがヤブ医者の口からは、思わぬ言葉が出てきた。
「ご安心下さい。ただの風邪です」
私は耳を疑った……。
そしてもう一度きいてみた。
「ただの風邪ですから、すぐに治りますよ」

目の前が真っ暗になった……。
余命宣告が受けられなかった……。
なぜ私だけがこんな目に……。
余命宣告ばかりしているヤブ医者から余命宣告が受けられなかったのだから、何かシャレにならない深刻な事態が起きているのではないか……。
寿命が縮む思いというのは、こういうことなのだろう。