『竜宮城から戻ったら令和だった──前編』
竜宮城へ行った姉(奈津美)が、約三十年ぶりに戻ってきた。
──『浦島太郎』と同じで、助けた亀に連れられて竜宮城へ行ったのだ。
単なる好奇心で竜宮城へ行った、イケイケで成り行き任せな姉。
竜宮城へ行ったのは平成の初め頃。――今は令和。
乙姫とはお茶しただけで戻ってきたので、浦島太郎と違って約三十年で戻ってきた。

弟の私(義男)は既にアラフィフで、大学卒業後に入社した電機メーカーに長年勤めるサラリーマン。自分で自分の性格はよく分からない部分も多いが――イケイケで成り行き任せな姉とは対照的に――計画通りにカッチリ進んだ方が落ち着くタイプかもしれない。
妻と共働きであり、結婚後も実家の近くに住むことで、忙しい時は両親に子どもを預かってもらったりしながら何とかやってきた。住宅ローンを返済しつつ、老後に備えてコツコツと貯蓄にも励んできた。
――本当は順調に出世して部長以上のポストに昇進していたかったが、全然昇進出来ていないのがツライところ。――人生は、計画通りには進まない。
両親は既に年金生活者。
イケイケで成り行き任せな姉(奈津美)だけ二十代前半。
竜宮城から戻ってきた姉は、三十年近く経過した現代社会に戸惑っている様子だ。
IT化が進んで、今やすっかり生活必需品になったパソコン、スマホ。
――ブロードバンド回線が当たり前になったことで、日常生活は動画だらけ。
――テレホンカードを使いたくても公衆電話が見当たらない。
――ポケベルにいたってはサービス自体が終了。
年金生活者の両親でさえパソコンやスマホからネット通販でお買い物をしている状況や、配送された荷物をコンビニでも受け取れる状況に、姉は衝撃を受けたらしい。
「ねえ、ユーチューバーって何?」と姉から質問される。
姉は――竜宮城へ行った平成の初め頃に――ジュリアナ東京に出没していたので踊りはよく知っているが、ユーチューブなんて全く知らないのだ。
「テレホンカードが使える電話探したんだけど、ホント見当たらないね」
姉は衝撃を受けている――。
姉自身、単なる好奇心で竜宮城へ行ったものの、ここまで世の中がガラリと変わっているとは想像していなかったとのこと。
最近の姉は現代社会がどうなっているのかに追いつくために熱心にニュースをチェックしているが、現代の日本もいろいろ大変だと理解したようだ。深刻な人口減少、熟年離婚、年金制度の破綻――。
まあなんと言っても、今やジュリアナ東京が都内からは姿を消して大阪にあるのだから、大変な時代であることは間違いない。
――いずれにせよ三十年近く昔の日本とは、えらい違いだ。

姉の外見は竜宮城へ行った時のままなので、当然だが、二十代の若い女性だ。
――そういえば「ぴちぴちギャル」という死語もあった。だが姉の戸籍上の生年月日の記載から算出できる実年齢は、五十歳オーバー。
独身なのでひとまずは実家暮らしを再開した姉だが、両親は既に年金生活のため親のスネをかじるわけにもいかず、自分の食い扶持は自分で稼がなくてはならない状況。
あいにく姉には履歴書でアピール出来ることは何もない。約三十年前にOLをやっていただけで、何か資格をもっているわけでもなく、インターネットやパソコンやスマホといったIT方面のことは全く分からない。
――三十年近く更新をしていないのだから、クルマの免許でさえ有効期限がとっくに切れているのだ。
姉は竜宮城へ行っても宴会に参加せず、お茶しただけですぐに戻ってきた。姉本人の体感では竜宮城はあくまでも日帰りで、ほんの一瞬だけ顔を出してきただけなのだ。
――それなのに実際は、約三十年の月日が経過していた。
姉は就職先を探すため中途採用枠を見つけて応募するものの、書類選考の段階で落とされてばかりいた。ブランクが長すぎる今の姉に、就職先は見つかるのだろうか……。両親たちは心配しなくてもすぐに仕事が見つかるだろうとおもっている。
――でも実際には面接すら受けられずに書類選考で落とされる毎日だ。浦島太郎は竜宮城から戻った後、社会復帰で躓いて玉手箱を開けてしまったが、姉はどうなるのだろう……。私が心配しているうちにも、姉は中途採用の書類選考で次々に不採用を喰らっている。
――もう五十社くらいは落とされているはずだ。
そんなある日、私(義男)のスマホにメッセージが届いた。大学時代の友人である谷中からだった。谷中はテレビ局に勤めている。詳しいことは分からないが、ある程度のポストに昇進しつつ、バラエティ番組の制作と関わっているらしい。――プロデューサーか何かなのだろう。権限はあるようだ。その谷中は、姉に番組出演のオファーを出したがっている。奇跡のアラフィフとして採り上げてみたいとのこと。
――願ってもないことである。出演料ももらえるし、竜宮城から戻ってきたという希少性あるキャラクターを大勢の人たちに知ってもらうチャンスだ。
――まあ実を言うと、少し前に私と谷中は久しぶりに飲む機会があり、その時に竜宮城から戻ってきた姉の話をしていたのだ。大学時代の友人である谷中は、姉が竜宮城へ行ってしまった話を以前から知っていて、姉のことを心配をしていた一人でもある。姉が竜宮城から戻ってきた段階で、それを谷中に報告してあげるのは義務だ。――ビールジョッキ片手に、その時の谷中は強い関心を持っている様子だった。

こうして姉の仕事が決まった。――やはりイケイケで成り行き任せな姉には、こういう路線の仕事が向いているのかもしれない。
谷中が取り仕切っているテレビ番組に奇跡のアラフィフとして出演した後、姉の存在は一気に世間で知られるようになった。姉はテレビ番組やイベントに引っ張りだこになった。
――少し前までは就職先がなかなか決まらなくて落ち込んでいた姉だったが、こうやって自分ならではの仕事が見つかって、本当に良かったとおもう。ついこの間はあるバラエティ番組の「懐かしの人にご対面コーナー」で、同級生との再会を果たしていた。
ちなみに今日の姉は、雑誌の対談記事の取材を受けるためにお出かけするとのこと。出かける前の姉はソファに座って、随分慣れた手つきでスマホを操作していた。これまでに出演した番組の視聴者とSNSでつながっていて、積極的に写真を投稿している。――パソコンはまだお手上げだが、スマホは何とかなったようだ。
――人生は、計画通りには進まないからこそ、面白いのかもしれない。
(続きは後編にて)
